2009年08月14日

巌流さんの話(その2)

 俺と映子は、上野で飯を食うことにした。
 黄色い行灯に黒い文字で店名が書いてあるような焼肉屋(そういや、渋谷のババアもそうだ!)。
 なんだかシワいようなハラミとか、映子が好きだと言うサガリとか、そういう、安っぽい焼肉を炙りながら、俺はなんだか薄いマッコリを飲んでいた。
 映子は俺に先立って、一度、ガンさんを見舞っていたので、病状について詳しかった。
「心臓が、水を含んでいるんですよ」
「ん?」
「本来、元気に動く心臓の筋肉が、水で一杯になっちゃって、そうすると、なんていうんですか……」
「心室とか心房な」
「です。そこが狭くなって。ガンさんみたいなガタイのいい人に足りるだけの血液が送られなくなるんですって」
「何が悪いの?」
「知らない。あたし、お医者じゃないですもん」
 映子は俺が焼いてやる肉(俺は、たまにはそれでフラれるほどの焼肉奉行だ)をモリモリ食いながら、今付き合っている男の話を始めた。
 そのシームレスさったら素晴らしいもので、ルーターもどきのガンさんの話から、すーっと、米国に留学中の男の話になる。
「彼はMBAを獲るんです。もうじきなんですけどね」
 俺は、旅疲れと、映子のパンチやキック、そして薄いマッコリで少しいらついていたのかもしれない。
「MBAって別に、そんなたいした資格か?」と言ってしまった。
 映子は生グレープフルーツサワー(当時は、出たばかりだった!)をきゅーっと飲んでから、
「じゃあ、高木さんはMBAを持っているの?」と言った。
 黙っていると険悪になりそうなので、
「ないない。もちろんない」と言った。
 映子は、
「自分ができないことを言うって、男らしくない!」と言いながら、生グレープフルーツサワーのグラスを、テーブルに叩きつけた。
 それはほぼ、空だった。
「同じのにするか?」
「あたしはね……」と、映子は、質問には答えなかった。
 俺は指を立てて店の人を呼び、一方的に、生グレープフルーツサワーを頼んだ。
「あたしは、そんなの頼んでない!」と映子が少し声を荒げた。
「勘違いするな。俺のだ。フォー・ミーだ」と言った。
 そこで、話がどう繋がったのか、どうしても思い出せないし、無理に話を作ると不自然になるので、ありのままを書くことにする。
「あたしの、前の前の男って、ゾクだったんですよ」
「ゾクって、暴走族のゾクな」
「あー、そういう言い方、高木さんらしくて、あたし、すこし、ヤ! ゾクったら、ゾクでしょ!」
 なんだか怒ってる。
「まー、そう怒るなよ。おまえ、怒ってばかりじゃんか。んで?」
「じゃあ、ちょっと、落ち着いて言うけど……」
 そこからの映子の話は、俺にとっては面白かった。
 前の前の彼は、オートバイの曲乗りを極めようとしたそうだ。
 具体的には、シートの上に直立し、両手を左右に伸ばして、十字架のようになるものらしい。
「そんなアンバランスなもの、転ぶだろ!」
 言いながら俺は、腹筋がしびれていた。
 笑いというより、痙攣に近かった。
「ですよ。転びます。転ぶと、痛いです。ですからそれを転ばないように稽古するんです」
「何のために?」
「それは、あたしの言うことじゃないでしょ。バイクの上に立つってことが、彼の目標だったんですから」
「それとMBAが関係あるのかい」と言ったとき、俺は、映子には申し訳ないが、笑い転げていた。
 映子は、
「じゃあ高木さんは、走ってるオートバイの上に立てるの?!」と、怒気を含んだ声で言った。
「立てない」
「だったら、走ってるオートバイの上に立てる人のことを、とやかく言えないんじゃないですか!?」
 俺は二の句が継げず、網の上のサガリをひっくり返した。
 焼け頃だったので、映子の皿に、ちょっとわざとらしい優しさで、それを置いてやった。
「高木さん……焼肉焼いてくれるのは、上手ですよね。それと、お酒を頼んでくれるタイミングと……」

 MBAと、オートバイの上で十字架になることに較べると、焼肉を女の子に取り分けて上げることは、ひどくレベルが低い気がした。
 映子はそれを確信しているようだったが、特に憎たらしくはなかった。
 でも、俺がいつまでもクックと笑っているので、
「何かバカにしてます?!」と、これまた怒鳴られたものだった。

(つづく)
このブログ風読み物はフィクションです。
実在の人物・団体・商品・店名などとは関係なく、
ストーリーも全て架空のものです。

posted by TAKAGISM at 18:31| Comment(0) | 雑感
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