2009年08月18日

うらぼんえ

 お盆の中のある日のこと。

 妻と娘がいない間、ちゃっかり借りている妻のベッドで、快適に眠っていた。
 エアコンは「除湿」の25℃で「静」がベストだ。
 26℃も悪くない。
 目覚めかけると(あるいは眠れずにいると――眠たくないのにベッドに入ることはないので、実際は、そんなことはあまりないのだが)、エアコンのサーモスタットがずいぶんとマジメに、着いたり消えたりしているのが判る。
 はじめの数日は妻の匂いのしていた薄い夏掛け布団も、すっかり俺の臭いになっちまっている。
 それを細長く丸めて、抱くようにして、寝てる。
 たまにはそれに、くるまったりもする。

 ヘソのあたりに当てていた掌の中に、丸くてふっくらしたものを感じた。
 すぐにそれが何か、判った。
 赤ちゃんの手だ。
 ゆーっくり、やさしく握りしめてみた。
 赤ちゃんの手は、俺の掌の中で、もぐもぐ動いた。
(なんていい感じなんだろう)と思った。

 耳元というより、枕元に立っている人の口元あたりの距離から、訳のわからない言葉が聞こえた。
 声の主は女性で、三十代の半ばくらいと思われた。
 ヒステリックなようで、焦燥しているようで、困惑し混乱しているような声だ。
 呪文ようなものではなく、明らかに日本語のカケラなんだが、意味が取れない。

 薄目を開けると、外はまだ、暗かった。
 けれど、朝ぼらけの直前だった。
 俺は自分の勉強部屋の窓から射し込む西日を遮るために、妻の寝室から、カーテンの半分を借りてきて、西の窓にかけている(妻からは「早くブラインドか何かを買いなさい」と言われているのだが、安物はともかくとして、欲しいようなやつは高くて、手が出ない)。
 そんなわけで、妻の寝室は、遮光されてはいないのだ。

 俺は目を凝らして、居間から持ってきて、これも妻の仕事机の上に置いてあるデジタルの電波時計を覗き込む。
 午前三時ごろなのだろうか?
 デジタルは、数字が読み取れなければ、意味がない。

 今度は脚に、感触があった。
 足の裏を、ぐっぐと揉むような感触なのだが、その手つきはどうも、老人……男……つまり、じいさんらしい。

「あー、よく寝た!」と、馬鹿馬鹿しい独り言を呟きながら起き上がったのは、午前八時だった。
 嬉しいのも困ったのも含めて、メールをチェックしなくちゃいけないまでには、まだ時間がある。

 新しく建った崖の上の集合住宅には、すましたような清潔さだけがある。
 だが、この土地も、焼かれ焦がされた歴史があるのかなと思った。
 冷蔵庫から、最近お気に入りのデカビタを取り出し、タバコをくわえながらバルコニーに出た。
 もう相当に太陽は高く、俺のたるんだ腹をじりじりしてくれた。

 これまでは、国際会議のように喧しかったセミ――国際会議が喧しいものかどうかは別として――が、同じ奴なのか違う奴なのか、俺の喫煙バルコニーに飛び込んでくる。
 肩や背中に当たったりはしないくせに、耳元をかすめていく。
 何匹も何匹もだ。
 彼らの、地上での寿命が一週間だというのは本当なのかな、と思った。
 どうだっていいんだが。

 タバコを切らしたので、いやいやながら、玄関を出ることにした。
 間違って踏みつけてしまうほどの距離ではないところに、仰向けになったセミの死骸があった。
 俺はこわごわとそれをつまんで、やたらと精密なアルミの柵の外へ棄てた。

このブログ風読み物はフィクションです。
実在の人物・団体・商品・店名などとは関係なく、
ストーリーも全て架空のものです。

posted by TAKAGISM at 15:22| Comment(0) | 日常
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